引きこもり、登校拒否の子供は、より愛を欲している


それから、うちは、子供が2人いて、
2人とも同じように育ててきたのだけれども、
1人は、引きこもり、登校拒否になったが、
もう1人の方は、引きこもりや登校拒否にはならなくて、
順調に、人生を歩いていっている。
これは、どうしてなのだろう?
と疑問に思われていらっしゃる親御さんも大勢いらっしゃることと思います。
それはどうしてかと申しますと、
人間には、個人差があるということなのです。
1人の子供に対しては、それで良かったのだけれども、
もう1人の子供に対しては、それではいけなかったということなのです。

それから、引きこもり、登校拒否になる子供の方が、
より愛を欲する人間であるということが言えます。
より愛を欲するがために、より愛に飢えていたということになるのです。

それから、引きこもり、登校拒否になる子供の方が、
より感性が繊細であるということも言えます。
感性が繊細であるがために、
荒々しくて、薄汚れていて、厳しいこの世の中、この社会で、
生きていくことが、苦しくなっていって、
しんどくなっていって、
耐え切れなくなっていって、
引きこもり、登校拒否になってしまったのです。


それから、同じように育ててきたと仰いますが、
実際には、全く同じように育ててきたということはあり得ません。
この世の中において、何事も、平等、公平に行うなどということは、
絶対にあり得ないこと、絶対に不可能なことなのです。
ですから、2人の子供の間でも、無意識の内に、
どちらかを優遇しているものなのです。
それは、たいていの場合、ほとんどの親は、
全く気が付いてはいないのですが。

大体、平等とか公平とかいう概念は、
私は、人間が勝手に作り出した概念だと考えているのです。
その証拠に、この世の中のありとあらゆるものは、
全て、不平等に、不公平に出来ているのです。
しかし、その代わりに、この世の中は、実に、多様性に満ちているのです。
例えば、1人として同じ人間は存在していません。
もしも、本当の意味での平等、公平を唱えるのであれば、
全ての人間が全く同じ能力、同じ性格、同じ容姿であったとしたならば、
ある程度は、平等、公平だとは言えますが、
しかし、そんなことはあり得ないことで、人は皆、違うのです。
能力も、性格も、容姿も、人それぞれ、全く異なっているのです。
多様性は、平等、公平とは、全く相反するものであるのです。

神(至高のお方)は、この世の中を、
平等、公平な世界には、お造りにはならなかったのです。
神は、この世の中を、そして、人間を、
多様性に満ちた、個性溢れる存在として、
お造りになられたのです。


お宅で引きこもっているお子さんは、
良かれ悪しかれ、世界でたった1人の
とても個性的な人間なのです。
世界に、あなたのお子さんと全く同じ人間は、
1人として存在しないのですから。

ですから、まず、
お子さんの個性を、受け入れてあげてください。
お子さんの個性を、認めてあげてください。
お子さんの個性を、尊重してあげてください。
お子さんの個性を、愛してあげてください。
それから、浄霊に申し込まれて、
お子さんが、最も欲している「愛」を、
思う存分に、与えてあげてください。


※至高のお方ー宇宙の至上神・天地の偉大なる創造主・Supremeのこと。
クリシュナは、親しみと尊敬の気持ちを込めて、神様のことをこのように呼びます。
主・天の父・ヤハウェ・アッラーも同義です。




合   掌




ジョージ・アーナンダ・クリシュナ

George Ananda krishna
















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合掌