エゴを消滅させることは、不可能





人間のエゴというものは、減らして、少なくしていくことは、
ある程度は、可能なのですが、
人間のエゴを消滅させるということは、
ほとんど不可能なことであるのです。
これは、たとえ悟りを開いた人間であっても、
同じことなのです。
もし、将来、歳を取ってから、
あなたが、認知症や痴呆症になったとしたならば、
それは、もしかしたならば、可能なのかもしれませんが、
そうでない限りは、正常な知能を持っている限りは、
人間のエゴを消滅させることは、絶対にできないのです。


自分自身のエゴ、おごり、高慢ほど、
恐ろしいものは、実は、ないのです。
例えば、人生においては、
誰でも、必ず、失敗というものを経験します。
そして、その人生における失敗というものは、
ほとんどの場合、自分自身のエゴ、おごり、高慢から、
出てくるものであるのです。
つまり、極力、謙虚に生きていったならば、
人生における失敗も
少なくなっていくということなのです。

ですから、私達人間は、皆、
謙虚に生きていくように、心がけていくべきなのです。


「私は、神に仕える身。」
という言葉を、自分に言い聞かせることが、
エゴを減らしていくのに、非常に、効果があります。
「私は、何者でもない。私は、神の一下僕(召し使い)に過ぎない。」
という言葉を、自分に言い聞かせることも、
エゴを減らしていくのに、とても有効です。
(下僕という言葉は、男性の召し使いという意味ですので、
女性の方は、「神の一召し使い」になります。)


それから、神(至高のお方)はとてつもなく偉大で、
自分は、本当に小さい、ちっぽけな存在だと、
想像をするのです。
そして、自分は、ちっぽけで、
何もわからなくて、何も出来ない。
自分は、無知で、無力で、無能な人間だと思うのです。
そして、それに引き換え、神は、偉大で、
何でも知っていて、何でもお出来になる。
神は、真に、全知全能のお方であると、想像をするのです。
誤解しないで頂きたいのは、これは、決して、
マイナスの暗示を与えるものではないのです。
本来の私は、何も出来ない存在ではあるけれども、
しかし、常に、神が一緒にいてくださるので、
私は、何でも行うことが出来る。
常に、神が共にいて、
私の代わりに、神が何でも行ってくださるのだから、
自分は、何でも行うことが出来ると、想像をするのです。



『自分は、何も行ってはいない。
全てのことは、神(至高のお方)が行っている。
自分は、ただの傍観者に過ぎない。』

これが、私達人間のエゴが完全に消失している時の意識なのです。
しかし、この意識の状態、この境地を、
長い間、維持していくことは、
非常に、困難なことであるのです。(この私にしても)

この意識、この状態、この境地に達し、
そして、それを維持していくために、
私達人間は、一瞬一瞬、努力を積んでいかなければいけないのです。


※至高のお方ー宇宙の至上神・天地の偉大なる創造主・Supremeのこと。
クリシュナは、親しみと尊敬の気持ちを込めて、神様のことをこのように呼びます。
主・天の父・ヤハウェ・アッラーも同義です。




合   掌










3才児のエゴは、最少、最弱




3才児のエゴは、最少、最弱のエゴなのです。
そして、0才、1才、2才の子供は、
エゴなどというものは、全く持ってはいないのです。

3才児の時のエゴが、最少、最弱で、
そして、年齢を重ねていくほどに、
そのエゴは、徐々に、増えて、強くなっていくのです。

例えば、今回の東日本大震災で避難生活を送っている人達の中にも、
3才ぐらいの子供も、いるとは思いますが、
でも、その避難生活を送っている3才の子供は、
大人達のようには、苦しくはないはずです。
それは、まず、その3才児は、
何も知らないから、苦しくはないのです。
そして、エゴが、少なくて、弱いから、
苦しくはないのです。
大人達は、自分達が失ったもの(家、車、仕事、家族等々)のことを考えて、
苦しみます。
それから、やはり、エゴがある分、苦しいのです。
子供達は、非難生活でも、何でも、苦しまないで、
まず、楽しむのです。
子供というものは、大人が想像しているよりも、
ずっと強くて、ずっと順応性があるのです。
子供は、何でも、楽しむことができるのです。

子供は、寒かったならば、
その寒いことを、楽しむのです。
子供は、自分が病気だったならば、
その自分が病気であることを、楽しむのです。
子供は、お腹が減っていたならば、
その空腹を、楽しむのです。
子供は、眠れなかったならば、
その眠れないことを、楽しむのです。

子供達は、大人のようには、
人生を、おおげさに、
苦しんだりはしないのです。
子供達は、苦しまないで、
まず、楽しむのです。


しかし、子供というのは、
神(至高のお方)からは、程遠い存在です。
子供は、何も知らない、全くの無知ですから、
神についても、わかるわけがないからです。
3才児は、何もわからない。
何も考えられない。
何も出来ないからです。
ただ子供のエゴの少なさ、
それから、純粋さは、
神の世界に入るのに、十分です。
子供のエゴの少なさ、純粋さは、
神(至高のお方)から、
最も気に入れらるものだからです。
ですから、私達大人は、
エゴの少なさ、純粋さを、
子供から学ばなければいけないのです。


悟りを開いた人間のエゴは、
3才の子供のエゴと大差ないのです。
悟りを開いた人間の純粋さは、
3才の子供の純粋さと全く変わらないのです。

物事をよく知っていて、
知恵深くて、
賢くて、
3才の子供と変わらない純粋さを持っていて、
そして、謙虚な人間こそが、
悟りを開いた人間なのです。


※至高のお方ー宇宙の至上神・天地の偉大なる創造主・Supremeのこと。
クリシュナは、親しみと尊敬の気持ちを込めて、神様のことをこのように呼びます。
主・天の父・ヤハウェ・アッラーも同義です。




合   掌














HOMENEXT