実は、肉よりマズイものはない





スリ・チンモイの瞑想を重ねていって、
霊的段階が上がっていったならば、
段々と、食べている肉がマズク感じられるようになってくるのです。

現在、この世界に生きている圧倒的多数の人達は、
肉は、おいしいものだと感じているし、
肉は、おいしいものだと思っているはずです。
しかし、そう感じている、そう思っているのは、
まだまだ霊的な段階が低いという証拠です。
本当に、霊的段階が上がっていったならば、
或いは、神(至高のお方)の悟りへと近付いていったとしたならば、
肉より、マズイものはないと感じるようになってくるのです。

私が、肉食をやめて、菜食を始めたのは、
40歳の時ですが、
実は、その1、2年前位から、
「本当に、肉は、マズイなあ。」
と感じていたのですが、
若い頃(18歳位の頃)に、菜食主義を始めて、挫折、失敗した経験から、
菜食主義に踏み切る勇気がなく、
中々、ベジタリアンになるという決断ができなかったのです。
(現在の日本においては、菜食主義を始めようと思っても、
よほど強い意志がなかったならば、挫折してしまいます。
なぜならば、ほとんどのレストラン、食堂等の外食には、
肉、魚を使わないメニューはほとんどありませんし、病院食もそうです。
コンビニ、スーパー等の弁当、惣菜類等も、
肉、魚の入っていないものはほとんどありません。
ベジタリアンの人自体、日本においては、
稀少で、珍しい存在なのです。)


例えば、スリ・チンモイの瞑想を始めてから、10年経つけれども、
まだまだ肉をおいしく食べられているとしたならば。
あなたは、霊的には、まだまだだということになります。

しかし、この先、10年、20年、30年と、
瞑想を続けていったならば、
必ず、肉がマズクて、マズクて、仕方がないといった時は、
必ず、訪れることになるのです。
(慌てなくても、焦らなくても、急がなくても、
誠実に、毎日、瞑想を行っていったならば、
いつかは、必ず、そういう風になるのです。)

ちなみに、私が、スリ・チンモイの瞑想を始めたのは21歳の時ですから、
肉がマズク感じられるまでに、17年くらいの年数がかかったことになります。
私自身、瞑想10年の段階では(31歳頃)、
肉は、普通に、おいしく食べれていましたから、
霊的には、まだまだだったということです。


それから、肉ではなく、魚に関しては、
霊的段階が上がったならば、
魚の生臭さが、大変気になるようにはなってきますが、
でも、魚の味自体は、マズクはならないで、
普通においしく、食べることはできるのです。

魚は、肉のように、マズクて食べられなくなるということはありません。
ただ生臭さが異常に鼻につくようになってきますから、
自然と、魚も避けるようになってくるのです。


※至高のお方ー宇宙の至上神・天地の偉大なる創造主、Supremeのこと。
クリシュナは、親しみと尊敬の気持ちを込めて、神様のことをこのように呼びます。
主・天の父・ヤハウェ・アッラーも同義です。




合   掌






















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